Daisuke Ibi / NOISE DISTRACTION CREATIVE
6
スタジオが轟音で沸いている。それぞれがチューニングするこの時が一番好きだ。僕は毎回、冒険者のようにワクワクした。それぞれのバイトの都合で音を合わせるのは土曜の夜が多かった。僕はエレキ・ギターにファズとワウ・ペダルを繋いで本日のセッティングを整えた。今日は敏夫の選曲デーでスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンの“ファミリー・アフェアー”と”ダンス・トゥ・ザ・ミュージック”の二曲+ファンキー・セッションだ。
「よし!いくかぁ」
敏夫がスネアをバシバシを叩きながら僕らを見た。
「いいよ」
「じゃあ、いきまーす」と言うやいなや夢はいきなりグルーヴィーなオルガンを疾走させ始め、太郎がそれを追うように上手く絡み合いながら続いた。そのあまりに自然な太郎の入り方に僕と敏夫は顔を見合わせた。「何があったんだ?」と目は互いにそんな疑問を投げ合っていた。出だしの太郎はだいたい途中で演奏を止めて、何かを考えて、また入ってきた。そんな風に途中で首を傾げながら試行錯誤している太郎を見るのも、僕の音合わせの楽しみの一つだった。そんな、いつもとは違う太郎を見ながら、僕らは少しずつその絶妙なグルーヴに溶け込んだ。
スタジオが徐々にファンキーな空気に温められてくると、音はゆっくりと崩れていく。これもいつも通りの展開だった。あるテーマに沿って進んでいくものの、途中必ず音が混濁する箇所が来る。“疲れたら自由に休む”というのもこのバンドの良いところだ。演奏は三十分近く途切れなく続くのがザラだった。太郎はお茶を飲み、敏夫はバスドラを不規則に踏みながらタオルで顔を拭き、夢もコードを伸ばす程度になった頃。この“音数が減ってきた時”はフリータイム、調子の良い奴が好きに繋げていい。今日は僕だった。ここぞとばかりにファズを踏み込むと、音は予想以上に一気に歪んだ。萎れたアフロ・ヘアーの様な空気は突如アヴァンギャルドな気配立ち込める轟音に覆われた。「やり過ぎたな」と思ったが、ガラリと空気が変わったその瞬間、僕の頭にまた“何か”が浮かんできた。今度はしっかりと捉えた。あのオブジェになったギターを夢中になって掻き鳴らしていた頃の僕だ。中学三年の夏休み。この轟音が懐かしくも、どこか寂しいのはこのためか。鳴り響く轟音に何年振りかに思い出した記憶を重ね、僕はクルリと皆に背を向けてアンプと向き合った。
中学最後の夏休み。塾の夏期講習会に行った帰りは受験生である事などすっかり忘れ、友達と夕方までスタジオに入り浸っていた。曲を合わせる目的で集まっていたが、それよりも僕はスタジオ中に響く轟音を全身で感じるだけでそれは何とも楽しかった。
曲を始める前にアンプにギターを近づけてギュワンギュワンとハウリングさせながら僕はその轟音に包まれながらロックスターのように酔い痴れている。
「うるせぇ」
ベースを持った本田がアンプのボリュームを下げた。僕はフッと我に帰り、気恥ずかしさを覚えながら手を止めた。
「よし!やるかぁ」
バスドラムが数回踏まれた後、辺りは静まり返った。スティックのカウントが鳴る。
「ワン・トゥー・スリー・フォー」
嵐のようにドカドカと敏夫はドラムを叩きまくった。夢のオルガンはラストスパートし始め、太郎のチョッパー・ベースが跳ね回っていた。僕のアヴァンギャルドなギターもそんな空気に押され、何だかファンキーな感じに思えてきた。敏夫が終了の合図のように長いスネアロールを始めると、全員が着地点を定め、音を調整する。
「オオォォ」
敏夫が雄叫びを上げながら力一杯シンバルを叩いて音合わせは終わった。
スタジオは三時間借りていたが、その半分は座り込んでお茶を飲み、それぞれが持ち寄ったお菓子を食べながらの雑談タイムだった。アンプが十数台は立ち並び、壁は落書きだらけというようなスタジオの雰囲気もあってか、部屋でのおしゃべりと内容は同じでも、僕には楽しく思えた。
「今日は良かったな」太郎を見ながら敏夫は言った。
「こんなにチョッパーやったの初めてだよ」
「カッコ良かったよ。今日の太郎ちゃん」
「今日の入りは潔かったな」僕はそう言って太郎を見た。
「何だよ、皆して今日は、気持ち悪いなぁ」
太郎はお茶を飲みながら照れ臭そうに顔を伏せた。
「よし、太郎褒め大会終了!次何やる?」
「スピッツ」
夢が間髪入れずに即答した。僕は太郎に目をやったが、今まで持ち上げられていたのに急に話題が変わったからか、何も言わずに夢を見ていた。
「じゃあ曲決まったら連絡しろよ。なるべく早めにな」
「もう決まってるのよ」
夢はカバンからメモ帳を取り出して皆に開いて見せた。
『チェリー、空も飛べるはず、ロビンソン、渚、楓』
「多分、聞いたことあると思うけど、聴きなおさなきゃなぁ」
太郎は身を乗り出しながら言った。
「俺もそうだなぁ…、まぁとにかくコレでやろう。あっそうだ、太郎は何月に帰る予定?」ポケットを探りながら敏夫は言った。
「一応、七月位かな。でもまだ分かんない」
「俺は十月だから…、ラストの音合わせは…薫か?」
そんな敏夫の声をよそに、僕は夢のメモ帳ををじっと見ていた。どれもやった覚えがある。それどころか今すぐ弾けと言われても大丈夫なほど中学の頃、皆で練習していた曲ばかりだ。「おい」煙草をくわえた敏夫に呼ばれて、そのあまりの懐かしさに僕は思わず笑った。