Daisuke Ibi / NOISE DISTRACTION CREATIVE






BEATNIKとの出会い
2014年末、NHKで「戦後日本サブカルチャー史」という番組を見ました。その中で「BEATNIK」というムーブメントが取り上げられていました。見ている内に懐かしくなって、自分が触れた時のことを書いてみたくなりました。
「BEATNIK」に関心を持ったのは、確かテレヴィジョンの書籍紹介の欄に「Mr.トム・ウェイツ」という本が紹介されていて、それに興味を持ち、そこから「トム・ウェイツ」というアメリカのシンガーソングライターにどっぷりハマっていた頃でした。
その本には何度も「ジャック・ケルアック/路上」というワードが登場しました。その時、初めて「ビート詩人」という言葉も知りました。当然チェックしてブック・オフへ向かいました。「路上」は無かったですが「地下街の人びと」という本はありました。で、家で読んでみたのですが、何が何やら分かりませんでした。しかしあくまで「ビート詩人」はトム・ウェイツのことで、そんなに大きなムーヴメントだとは思いもしていませんでした。
それから数年経ってJAZZに傾倒した頃がありました。取り分けノイズちっくなFree Jazzが好きでした。理解できないものが好きでした。同じお金を払ってすぐに理解できるような音は、つまらなかったのです。そんなある日、出会ったのが「オーネット・コールマン」です。とにかく彼の作品なら、どんなものでも興味を持って聴いていました。その中の一枚に「OST/裸のランチ」というのがありました。ウィリアム・バロウズという作家の小説の映画のサントラをオーネットが担当していました。
たまたまバイト先の先輩にトム・ウェイツ好きな方がいて、その人に色々な事を教わりました。芸術の事やウッドストックの熱狂、60、70年代の若者の思想など、見るもの触れるもの初めてだった僕は、スポンジのように吸収しました。
そんな折一本の映画が公開された。「ビートニク」です。この映画が公開されるまで、「ビートニク」と「スプートニク」が頭の中でごっちゃになっていたと思います。しかし僕はこの映画をスクリーンでは見ていません。レンタルビデオで見たのですが、その格好良さに驚きました。「文学なんて…」と思っていたのですが、いやいや、捨てたものではない気がしました。アレン・ギンズバーグの「吠える」が印象的でした。それからというもの、早速ビートニクかぶれとなり、詩の朗読会に参加したりしましたが、流石に50年前の映像と重なるようなことは無く、「やっぱり…これは違うんじゃないだろうか…」と次第次第に足は離れていきました。それほど映像から想像した詩を読むことと、現代に於ける詩を読むことは全然違うものでした。
その後映画は好きになったので、何回も観ましたが、「ビートニク」作品への関心は薄れていきました。
そんなある日、バイト中にたまたまあった「裸のランチ」をかけながら働いていると、一人の同い年くらいの若者が「あれ?これオーネットっすか?」と話しかけてきた。レコード屋で働いていると珍しい事ではなく、よく聞く質問でした。でもよく解ったなと思いました。
「そうっすよ。お好きですか?」
「いやコレは…確か裸のランチですよね」
「そうです。凄いっすね。これ聴いてタイトルまで解るって」
いやいや、と照れを隠す控えめな仕草に、妙な共感を覚えた僕は、その後も途切れながら小1時間ほど話しました。その話の中で歳は僕より二つ上で、この手の音が好き。で、スケボーをやっている。ということがわかりました。
「今度友達と来ます」そう言って彼は去っていきました。
彼は友人を連れ、翌日やってきました。手にスケボーを持ち、ダボっとした身なりの青年は明らかに「HIPHOP好き」を前面に出していました。この手の風体の方と付き合いが無く、むしろ遠目で見ていた僕は、若干引いてしまいました。
「あっこいつ、オーネットとか、Free系の音楽好きなんすよ」
ペコッと頭を下げたその青年の表情は、まだ堅い。
「Free系というとJazzですか?それともノイズとか…」
「音楽はJazzが好きです。でも一番好きなのはビートニクっていう文化運動です」
「ビートニク!?ちょっと前にレンタルで観ましたよ」
「マジっすか!!」そのワードを口にした瞬間、青年の表情が変わりました。「ビートニク」という魔法の言葉は、現代にしてなお、その効力を無くしていませんでした。その青年は名を佐藤君と言って、それから僕らは色々な話をしました。トム・ウェイツの事やオーネット・コールマンの事、スケボーの事、HIPHOPの事など話題は尽きませんでした。話している内にスケボーをやっていると、似た趣味の人にたくさん会える、という事が分かってきました。
「今度、クラブで友達がLiveやるんすけど、一緒にどうっすか」
「行く」僕は二つ返事でOKしました。
クラブとは、それまで行っていたLiveハウスとは違って、ステージは無く、代わりにDJブースがありました。もの珍しそうにフロアを徘徊していると佐藤君が呼び止めてくれた。するとDJらしき人がブースに入り、鳴っていた音がRock調の曲からHIPHOP寄りに変わった。僕は奥にあったイスに座り、グレープフルーツジュースを飲みながら、雰囲気に酔っていました。しばらくすると出番なのか、目の前のイスに座ってた男が立ち上がり、佐藤君に無言でハイタッチしてDJブースの方へ歩いて行きました。
「行きますか」と佐藤君も立ち上がりフロアへ向かいました。僕も後を追うようについていきました。
「ギンズバーグとかがやってた、詩の朗読会の現代版って感じですよ」
そう言うと佐藤君はリズムに体を揺らし始めました。DJが鳴らしているビートに合わせて、しっかりと韻を踏みながらのラップは、一体どんな頭の構造になっているのか分からなくなるくらい、感動しました。客は15人ほどでしたがほぼ全員が各々にステップを踏み、音楽にノッていました。
以前参加した詩の朗読会とは全然違って、すっと溶け込めるというか「現代のビートニク」が非常に分かり易く、「進化」という言葉が腑に落ちました。こういう風に変わっていくのか。これは知らなかった。「ビートニク」というムーヴメントはHIPHOPに姿を変えて、その精神を繋いでいました。
その後も佐藤君はちょくちょく店に遊びに来たが、いつの間にか見かけなくなりました。そして時は流れ、札幌にオーネット・コールマンが来た時、僕は一人で観に行きました。Kitaraという会場がほぼ満員位人が入っていました。オーネットの、この半世紀変わらない咆哮を、僕は後ろの方で観ていました。すると前の方で盛り上がっている同い年くらいの塊が見えました。まさかと思いつつも、僕は演奏に集中していました。
スケボー友達からはクラブ文化やFree Jazz、HIPHOPのことなど色々教わりました。その根っこにあるのは「BEATNIK」というムーヴメントであると思いながら聴いていました。
懐かしいです。10年位前のことです。楽しい日々でした。