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 サンプリングされたジェリーのギターと浮遊感のあるギターのハウリングノイズがスタジオに膨張している。僕はエフェクターやアンプのつまみをいじりながら首を傾げていた。どうやってもパッとしない。問題は明らかだった。夢のヴォリュームが大きすぎるのだ。これじゃあ、ただ気違いじみた音が暴れ回っているだけだ。そう思いながら僕はその音に付いていくようにヴォリュームを上げた。夢はサンプラーとシーケンサーを操りながら目を瞑って爆音に酔いしれている。僕らはまったく調和しないまま、ただのヴォリュームの上げ合いをしていた。

 

「やっぱりさ、二人だけっていうのは味気ないね」

家路を歩きながら毛糸の帽子にマフラーと防寒装備万全の夢が言った。

「まぁ予想はしてたけどな」

「あ~あ、私もうすぐ誕生日よ。去年は皆でワイワイ楽しかったのになぁ」

「そっかぁ、まぁ俺はまた行くけどね」

「本当?」

夢は機材を入れた鞄を揺らしながら、嬉しそうに振り返った。

「えっ、うん、行くよ、普通に」

「良かったぁ。去年、一昨年と楽しかったから今年は一人かぁってちょっと凹んでたのよ」

「クラッカーだの、三角帽だのは持っていかないけどな」

「そんなのいいよ」

 十二月の冷たい空気が首筋を撫でた。僕はエフェクターケースを置いて固まりそうな手に息を吐きかけた。ふと見上げると星々がいつもより多く瞬いて見える。

「今日、星凄いね」

立ち止まって夢が言った。

「スゲーなぁ、あっオリオン座あるわ」

「へぇ、星のことなんてわかるの?」

「知ってるよ。冬の大三角形だろ?」

「プロキオン、シリウス、ベテルギウスね」

「ん?えっそういう名前なの?」

 物知りだねぇ、と感心しながら言うと、夢は得意げにニヤリと笑った。僕らはそのまましばらく首を傾けていた。

「あっ…お父さん、その後はどうなの?」

 星を見ながら夢が思い出したように訊いた。

「ああ、大丈夫ってことはないけど、今は……低空飛行ながら安定してるって感じかな」

「そうなんだ…」

 明らかに『訊かなきゃ良かった』的な沈黙に僕の星を見る目が泳いだ。

「まぁ何だ。健康が一番だな。お互い気をつけようや」

 僕はエフェクターケースを持った。今はまだ上手く言葉にできそうになかった。

 

「じゃあ私こっちだから…」

「いいよ。もう真っ暗だし、送るよ」

 それから僕らは最近の店のことやサンプラーの使い方、星の見方など他愛のない話をしながら歩いた。しかし僕の頭では父のことが離れなかった。あれから「人工呼吸器を自ら引き抜いた」と連絡があった。そんなことして大丈夫なのかと思ったが、少し様態が変わった以外は安定しているとのことだった。正直、どう伝えればいいのかわからなかった。それでも世話になった夢には言うべきだろう、とも思ったが口に出せば「どうだ、中々ファンキーなオヤジだろう?」などと面白可笑しく語ってしまう気がして、僕は声を押し殺した。

 

 「どうもありがとうございました」

アパートの前で夢は深々と頭を下げた。

「どういたしまして」

「誕生日忘れないでね」

そう言って上っていった階段の途中から夢は手を振った。

「ハイよ。またな」

 夢を見上げながら、僕はそう言って手を振った。アパートの上には相変わらずの星々が、キラキラ輝いている。

 

 

 

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