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 札幌に比べ、苫小牧の積雪は少ない。正月になり僕は例年通り実家に帰った。実家近くのバス停で降りるつもりだったが、僕はブザーを押さなかった。誰かが押すのを待っていたのだが、結局バスは停留所を通り過ぎていった。乗り過ごしたついでだ、父でも見舞っていくか。恐らく前よりは良くなっているであろう。僕はまだ灰色のコンクリートが目立つ街並みを車窓から覗いた。

 

 病室に入ると、相変わらず父はベッドに寝ていた。人工呼吸器は無く、点滴類も以前よりはシンプルな構成になっていた。遠目でもその変化に気づいた。

「お父さん、来たよ」

 僕はベッドの傍で話しかけたが反応は無い。目は異常なほど見開いているが何を見ている風でもない。頬は痩せこけ、ただ天井を向いたまま、口をアングリ開けて固まっている。しかし口元に涎の汚れもなく、どこかすっきりとしたキレイな印象を受けた。

「お父さん、俺だよ。薫だよ。息子だよ」

 すると、ギョロ目がちらっと僕のほうへ動いた気がしたが、すぐにまた天井へ戻った。状態の安定とは回復した訳ではなかった。僕はあのアングリ開いた口から魂がニョロリと抜け出ていく様を想像しながら、肩に手を当てたまま反応のない父に話掛け続けたが、抜け殻のようになった父はピクリとも動かなかった。

 

 「あれは『ちょっと』じゃないだろ」

 実家に戻った僕は母に言った。

「そうねぇ、確かに変わったね…でもあの状態が今のお父さんにとって最良だと思うけど…」

「人工呼吸器と一緒に、魂も引き抜いちまったんじゃねぇか?」

「そうかもね……まぁ、もうちょっとでお姉ちゃんも帰ってくるよ」

 僕の前にお茶を置いて、母は大晦日の料理を作りにキッチンへ戻っていった。僕はそれっきり父の話には触れなかった。

「アチッ、お母さん熱いわ」

 そう言うと母は背中越しに笑った。僕は湯飲みを置いて、ソファーにゴロンと寝転んだ。姉が来るまで少し眠ろう。目を閉じて大きく息を吐いた。しかしあの死神のような父の顔が、頭からいつまでも離れなかった。

 

 

 

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